レポート

宇都宮〜舞洲レポ

2014年4月14日

高田です。

時は数週間遡り、初戦は餃子の街・宇都宮から。

前日に新幹線で移動。JPT組の佐藤、井戸川、長屋、蓑原らとコースを試走し、夜は餃子をたらふく食べてグッスリ眠り、とても快調な朝を迎えます。

私が走るE1はプロツアーよりスタートが早く、他の皆より先にチェックアウトして自走で会場へ。時間まで会場の周りを走り、少しエネルギーをとりながらアップします。

宇都宮でのエリートカテゴリーは2周毎に1〜3位までポイントが配点され、その合計で順位をつけるポイントレースで、E1は16周回(約43km)なので8つのポイントラインの順位で競うことになります。

レースがスタートし、できるだけ最初からポイントを狙いますが2、4、6周回目には全く3位までに絡むポジションに上げることができません。

これではイカンと8周回目のポイントを狙って、かなり早い段階から位置取りを開始。前方のポジションをキープしてホームストレートへ入り、ホンダ栃木の選手たちのラインの斜め後ろに着きスプリントに備えます。そして残り200からもがきますが、前方の3名も速く追い上げられず、ポイントラインの直前でフロントホイールに他の選手のペダル?を接触させ、完全にバランスを失って派手に落車してしまいました。

集団通過後にコース脇に行って自転車を確認しますがとても走れない状態で、自分の身体の具合もよく分からないので棄権することにしました。

近くで応援していただいていたO川さんに助けてもらって救護所で手当してもらいます。柔道でさんざんやった受け身のおかげで、スピードの割に骨に異常はなく打撲と擦過傷で済んだのは幸いでしたが、ここに合わせて調整し調子の良さを感じていただけに最後まで走れず残念でした。過日はO川さん、本当にありがとうございました。

さて、その後は気を取り直してJPTのサポートへ。集団落車の際はホイールを持ってかけつけたりしながら、関係者エリアで観戦します。皆の健闘の結果、最低限以上の成績を収めることができてとても良かったです。ただ観ながら自分が走っていたらどうだったかなどの複雑な気持ちも少しありましたね。

その日宿泊した横浜への車中、身体は痛んでいましたが、まあ大怪我ではないし2週間あるからそこそこに治るかもしれないと希望的観測をもって舞洲にエントリーすることにしました。

さて、大阪舞洲に話は移ります。宇都宮〜舞洲の間は腫れた大腿部の怪我の回復をみながら調整しました。レースは15時くらいなので当日に新幹線を使ってチームメイトが出場するE3のレースに間に合うように行きます。

E3の1組目では今泉がしっかり単独で逃げて優勝を勝ち取りとても愉快な気分に。E2の山口も積極的な走りで強い気持ちを感じることができました。

で私の番。何度も出ている舞洲ですが、今回はドライで気温が低く、ストレートでは強めの横風が吹くシチュエーション。つまり逃げが決まりやすいということです。調子は大体分かってましたが、ままよっと序盤のアタックの動きに何度が反応してみます。しかし中盤からかなりキツイ状態になり集団に埋没してしまいました。

その後は2回目の逃げ集団の動きにも反応できず、そのまま第3グループでレースを展開。そのまま最終列車となったそのグループでのゴールとなりました。I堂さんによると酸欠のせいらしいですが、ゴール後しばらく瞼がよく開閉できず目がごろごろして弱りました(笑)

今はそれから順調に回復し、日に日に調子も上がってきているので良い状態で次戦を迎えることができそうです。

それではまた!

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